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紙の知識
2021/02/04

カンタベリー物語とイギリス紙の黎明期

hamaguchi
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ロンドンを拠点とした紙文具商ウィギンズ・ティープ社E.P.Barlow氏が初めてドーバーの「バックランド製紙工場」でウォーターマーク(透かし)入りの高品質の紙「コンケラー」誕生させたのが1888年。

「カンタベリー物語」を生んだイギリスでどのように紙の文化が生まれ育っていったのか紐解いてみます。

 

英国最初の出版物

 ドイツで印刷技術を学んだウィリアム・キャクストンがイギリス・ウェストミンスターに印刷工房を開いたのが1476年でした。グーテンベルグが活版印刷技術を発明したのが1445年ですから、およそ30年遅れてイギリスに伝わってきたのです。
 イングランドの詩人ジェフリー・チョーサー(1343年頃~1400年)の「カンタベリー物語」を最初に出版したのもキャクストンでありイギリス最初の印刷された紙の出版物と言われています。「カンタベリー物語」はイングランド中央部のミッドランズ方言で書かれており、印刷物として拡まることでイングランドではロンドン風の喋り方が主流となったそうです。

当時の紙事情

 1480年代に入ると印刷工房は増え、大衆受けする安価な本が多く出版されました。しかし1495年にジョン・テイトが「シール製紙場」を設立するまでイギリスには製紙業者がいなかった為、印刷用紙は輸入に頼っていました。印刷が先、製紙は後という歴史を持つ国が多いのは水も動力も必要としない印刷所の方が製紙場より開業しやすいからでした。
 キャクストンの事業を受け継いだウィンキン・デ・ヴォルデというオランダ人は外国製の紙を買うのをやめ、ジョン・テイトが作る紙を積極的に取り入れました。ジョン・テイトの他にイングランドに製紙場を造る業者が現れても、印刷は製紙をしのぐスピードで発達し、印刷業者は外国から紙を買い続けていました。ただ、豊かな水源と高低差があるイングランドの地形は製紙には理想的な土地柄です。
 なぜ、初期の多くの製紙場は失敗したのでしょうか。諸事情あるでしょうが原料となるボロ布の確保が難しかったからと言われています。イギリスの製紙市場を支配しているフランス人がイギリスのボロ布を買い占めてフランスに送っているせいだとイギリス人は主張しています。白い紙が貴重な時代に自国で作るのにかかる費用より、フランスから白い紙を買う方が安かったようです。

王室御用達の白い紙

  ドイツ人の製紙業者ジョン・シュビルマンは元々女王エリザベス一世のお抱え金銀細工師でした。1588年に女王陛下から許可がおり、ケントを流れるダレント川のほとりにある粉挽き場を製紙場に変えました。シュビルマンが作る紙の透かし模様には「エリザベス・リジャイナ(女王エリザベス)」の略である「E・R」の文字が王冠に添えられました。彼は筆記用の白紙の独占製造権を女王から与えられ、国内のボロ布を独占的に収集する特許も獲得しました。
 当時、他の製紙場では技量のある紙漉き職人が育っていないのと原料不足のため、茶色く包装やメモには使えても、印刷に適した白くなめらかな紙は作れませんでした。
 エリザベス一世は自身の演説・翻訳・詩・随筆の多くを紙にしたためており、それだけに白い紙の重要性を知っていたのでしょう。シュビルマンは後に王位を継承したジェームス一世より「ナイト」の爵位を授かっています。


ヨースト・アマン(1539~1591)作「製紙業者」

復刻版「カンタベリー物語」とヤマト

 その後、製紙技術の進歩と共に18世紀後半のイギリスではあらゆる種類の紙「マーブル紙」「壁紙」などが大流行し、紙を愛する国民性が育まれたと推測されます。
 ここで話を「カンタベリー物語」に戻します。前述したように紙(ペーパー)に印刷された本として刊行したのはキャクストンによってですが、それ以前はパーチメント(羊皮紙)に写本された本でした。14・15世紀の書籍業は専門化が進み、専門的な筆耕者、彩飾師、パーチメント製造者、製本師が分業して本作りをしていました。「カンタベリー物語」83の写本のうち最も美しいとされるエルズミア写本は米国ロスアンゼルスのハンティントン・ライブラリーで所蔵されています。

カンタベリー物語エルズミア写本.jpg

  1995年、ハンティントン・ライブラリー開館75周年を記念して復刻版が国際出版されることになりました。復刻版といっても貴重な資料ですので最高の印刷技術が求められ、高繊細印刷「HI・PRIREX」を導入したミズノプリテック株式会社がそれにあたりました。その精度は100倍以上の拡大鏡でないと網点が見えないほどで、当時の関係者なあいだで大きな話題となりました。この日米のプロジェクトを用紙の面で支えたのがヤマトでした。

非コート系最高級美術印刷用紙

 復刻版「カンタベリー物語」に使用された「エキジビジョン・ファインアート・カートリッジ」はアルジョウィギンス社が美術出版の為に開発した最高水準の非コート系美術印刷用紙です。残念ながら現在は生産されていませんが、その技術は同社の紙に今も活きています。
 「エキジビジョン・ファインアート・カートリッジ」の特徴は、ツインワイヤーと呼ばれる2台の製紙マシンが同時に稼動してつくる2層構造の紙で表裏差がほとんどなく、強度、保存性に優れ、高い印刷適正を持っています。


●「エキジビジョン・ファインアート・カートリッジ」基本データ
米坪:160g/㎡
サイズ:720x1020
色:キャンパスホワイト

ヤマトが所蔵する復刻版「カンタベリー物語」

 250部刊行された復刻版の一部をヤマトでも所蔵しています。

 

縦410x横330x厚み60㍉ 革装のどっしりとした大型本です。

蝋が塗られたオーク材を革で包み皮紙(パーチメント)を一枚一枚綴じ合わせる、コデックス(ラテン語でcodexは丸太)という書物の形態を忠実に再現しています。

驚いたことにほとんどのページに金箔が施されています。

経年劣化したパーチメントの表情を型抜きによって表現しています。芸が細かい!

 制作されて25年経ちますが、紙の劣化はほとんど見られず、本物のパーチメントのような滑らかさを保っています。貴重な本ですが、ご興味のある方は来社されてご覧になってください。

 

 

 

 

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